社長だけがAIを使っている段階から、建設業のDXは何をすれば社内に移るのか
経営者は生成AIを使っているのに、社内には広がっていない。建築AI経営研究会の調査(同研究会調べ・回答53名)が示すこの段階の見分け方と、実際に事務作業が変わった2社が先に決めていたことを整理します。

「スタッフ数人分の業務を削減できる。その余白が会社を強くする」——大分県大分市の工務店・カワノの川野社長は、業界紙の連載でそう話しています。
一方で、ChatGPTはご自身ではもう毎日のように開いている。それなのに、社内で同じ画面を開いている人の顔が、一人も思い浮かばない。そんな状態になっていないでしょうか?
先に結論を書きます。この段階で足りていないのは、情報ではありません。「どの作業を、どこまで任せるか」という線引きのほうです。
同じ構図を示す数字が、建築AI経営研究会の調査(同研究会調べ・回答53名)としてリフォーム産業新聞の紙面で紹介されていました。この記事では、その数字が示している段階を整理します。そのうえで、会社の事務作業が実際に変わるまでに何が起きているのかを見ていきます。建築・リフォーム会社のAI導入を支援している株式会社Polestar AIとして、業界紙で報じられた2社の例と、自社で実際に回している運用の両方に照らします。
先に、この記事を読まなくていい方を書いておきます。ツールの比較も、料金の話も扱いません。「どのAIを選べばいいのか」を知りたくて開かれた方は、拍子抜けされると思います。扱うのは、その手前にある段階の見分け方だけです。
個人の使用率と社内浸透は、別々に報告されている
リフォーム産業新聞で、同研究会調べとして報じられている内容は次のとおりです。
| 項目 | 同研究会調べ |
|---|---|
| 経営者個人のChatGPT使用 | 88.7% |
| 経営者個人のGemini使用 | 79.2% |
| 社内への浸透 | 少ない |
経営者個人のChatGPT使用は88.7%。一方、社内への浸透は「少ない」。この2つが、同じ紙面に並んで載っています。
この数字を見て「うちも同じだ」と感じた方もいると思います。ただ、その前に性質を確認させてください。この調査は、業界全体から無作為に抽出した統計調査ではありません。 ですので「業界の平均像はこうだ」という使い方はできません。
「回答53名の調査でしょう。参考になるのですか?」——そう思われますよね。私も最初にこの数字を見たときは、母数のほうが気になりました。ですから平均像としては使いません。それでも見る価値があると考えているのは、数字の大小ではないからです。個人の使用率と社内への浸透が、別のものとして報告されている。この構図のほうを見ています。
ここで報告されているのは「AIを知らない」という段階の話ではありません。個人としては使っている。それでも社内には広がっていない。そういう段階の話です。
この違いは、次の一手を変えます。課題が「知らないこと」なら、次に効くのはセミナーや情報収集です。しかし課題が「個人利用から先に進んでいないこと」なら、情報をいくら足しても埋まりません。
なぜ、社長だけがAIを使う段階で止まるのか?
では、なぜ止まるのでしょうか? 研修やご相談の場では、話が先に進まなくなるときによく置かれている前提があるように感じています。3つ挙げます。思い当たるものはあるでしょうか?
うまくいかない理由①「ツールさえ入れれば、誰かが使ってくれるはずだ」
アカウントを配る。全員が使える状態にする。それで整ったように見えます。それでも紙面で報じられていたのは、個人としては使っているが社内への浸透は少ない、という状態でした。個人が使っていることと、社内の業務が変わることは、別のものとして報告されています。
うまくいかない理由②「まずは使ってみよう。用途は後から見つかる」
個人でAIを使うときの入口は「何に使おうか」です。この入口のまま社内に持ち込むと、探すものは用途になります。ところが、次の節で見る2社の入口は違いました。用途ではなく、すでに社内で起きている作業のほうを先に名指ししています。
うまくいかない理由③「AIが出したものなら、そのまま使えるはずだ」
ここは、自社で実際につまずいたところです。詳しくは後の節に書きます。確認する人が決まっていなければ、誤りはそのまま記録として残ります。
個人利用から社内へ進んだ会社は、何を先に決めていたか?
では、社内に移った会社は何をしていたのでしょうか?
同じ紙面で取り上げられていたのは、生成AIを社内の実務に組み込んだ会社の取り組みでした。LIFEFUNDです。紙面で報じられているのは、次のような使い方です。
- 資材の値上げを知らせるメールをAIに読み込ませ、Claudeで社内共有用のダッシュボード(HTML)を作った
- 顧客への説明テンプレートを用意した
- 商談のロープレをNottaで文字起こしした
- 合意書の原案をAIで作り、弁護士の確認を通した
派手なものは一つもありません。ただ、どれも「個人が調べて終わる」形にはなっていません。値上げの情報は、社長の頭の中ではなく、社内で開ける画面になっています。ロープレは、話した本人の記憶ではなく文字として残っています。
もう1社、事務作業のほうを分解した例が同じ時期の紙面にあります。冒頭で引いた、大分県大分市の工務店・カワノです。スキャンされた請求書を1件ずつ開き、業者名を確かめ、名前を付け直す。それが月に100件を超え、数日がかりの作業になっていました。ところが業務を分解したところ、時間を奪っていたのはリストを作る作業ではなく、リネームのほうだと判明しています。そこからは、ファイル群をまとめてClaudeに投入し、業者名・邸名・金額・消費税を抽出して一括で名前を付け直す形になりました。1件ずつ開いていた月100件超が、まとめて1回の投入に変わっています。手書きの請求書も判別できたと報じられています。連載が教訓として挙げているのは、ツールを作る前の業務分解です。分解の手順そのものは事務作業を分解して時間を測る手順で別に扱っています。
この2社に共通しているのは何でしょうか? AIの用途を先に探したのではない、という点だと考えています。値上げ情報の共有、商談の記録、請求書のリネーム。すでに社内で起きている特定の作業を、先に名指ししています。入口が「何に使おうか」ではありませんでした。「どの作業に、どれだけ時間が取られているか」です。
その作業は、いま誰の手元にありますか? 週に何時間かかっていますか? その時間を、誰が測っていますか?
自社では、作業をここまで下ろしている
同じ見方を、自社の運用にも当てています。
私自身は、自社の会議録音から議事録の下書きを作る運用を続けています。ここで引いている線は「議事録を作る」ではありません。録音から下書きを作るところまでを任せ、確認して確定させるのは人が行う。この単位です。カワノの事例でいえば「請求書まわり」ではなく「リネーム」まで下ろした状態が、これにあたります。
そして、失敗しています。録音そのものが欠けていた会議がありました。誤変換もありました。そのとき思ったのは、出てきたものを疑わずに保存していたら、その誤りが会社の記録として残っていた、ということです。だからこそ、確認して確定させる工程を人の側に残しています。
「確認するなら、結局同じでは?」——そう思われますよね。私も最初はそう考えていました。ただ、線を引いた理由は手間の比較ではありません。誤りをそのまま記録に残さないためです。任せる範囲と、人が持つ範囲。この2つを分けておかないと、誤りが出たときに誰の担当でもなくなります。
「そこまで細かく決めるものなのか」と思われるかもしれません。正直な疑問だと思います。ただ、研修やご相談の場では、「まずAIを使ってみよう」というところで話が止まったままになっている場面がありました。使うこと自体は個人で完結してしまいます。ですから、どの作業をどこまで下ろすかを決める工程が、そのまま置かれていることがあります。
社内に移すとき、何を決めておけばいいのか?
多くはありません。2つです。これで成果が出ることを保証するものではありませんが、決まっていないと先に進みにくい部分です。
1. 誰の、どの作業を任せるかを1つに絞る
「AIを使ってみよう」ではなく、「この作業を任せる」という単位まで下ろします。ここで見落とされやすいのが「誰の」のほうです。カワノの事例で分解の対象になったのは、総務経理の担当者が実際に手を動かしていた作業でした。誰の作業を扱うのかが決まっていないと、粒度を下ろす作業そのものが始まりません。日々その作業をしている人が同席しないと、どこで時間が消えているかは外からは見えにくいためです。
2. 出てきたものを誰が確認するかを決める
前の節のとおり、自社の運用では録音欠けと誤変換が実際にありました。確認者が決まっていないと、この責任が誰のものでもなくなります。
この2つが決まれば、あとは動かしながら埋められます。逆に1が空欄のままだと、他を決めても使う場面が定まりません。
なお、最初の1つをどう選び、そこから30日をどう組むかという「始め方」については、AI導入は何から始めるかで別に整理しています。この記事で扱ったのは、その前段にある「自社が今どの段階にいるのか」の見分け方です。
まとめ
- リフォーム産業新聞が報じた建築AI経営研究会調べ・回答53名
- 経営者個人はChatGPT88.7%/Gemini79.2%
- 同じ紙面で、社内への浸透は「少ない」
- 無作為抽出ではない調査。業界の平均像には使わない
- 見るべきは数字の大小でなく、個人と社内の分かれ方
- 2社の入口は用途探しでなく作業の名指し
- カワノは1件ずつ月100件超→まとめて一括リネーム
- 自社の線引きは「録音から下書きまで」。確認と確定は人
自社が今どの段階にいるのか、次に何を決めるべきかを整理したい場合は、下の1分診断をご利用ください。
出典
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